ー以前の駄写真集−Var11,0

(2015年以前の駄写真へ)

< 2022年  4月 >
約10ヶ月ぶりの更新です。

桜が満開の4月上旬、妻が長年行きたいと言っていた四国
へ、
レンタル自転車で 「瀬戸内しまなみ海道」を渡り行っ
てきました。 「しまなみ海道」は以前から一度は渡ってみた
いと思っていました。広島の尾道駅から愛媛の今治まで、
瀬戸内海の六つの島を渡りました。途中の大三島で一泊し
て、距離は約70数Kmでした。普通のライダーは1日で  
往復140Kmを走る強者もいるそうです。そしてその後に
四国を周ってきました。
        
 

******** 一日目 ********
「
尾道のレンタサイクル受付」
Onomichi01
 

朝の受付。春休みで子ども達が沢山いた。当初は電動自転車で
計画していたが、乗り捨てが出来ないとのことで、結局妻が乗り
なれている三段変速のママチャリを選んだ。            

「
向島への尾道渡船場」

Onomichi02
(出だしのここだけは橋ではなく船約5分で隣の向島へ渡る)

島の人に聞くと “青い線をたどって行けば今治に着く” と笑って
教えてくれた。確かに道路脇に幅20Cm位のキロ数が記された
青線がズット今治まで引かれていた。               


「因島大橋」 (1,270m)
Innoshima01
一番目のこの橋を渡り二つ目の因島へ

Innoshima02
この橋だけが二階建てで車道の下を快適に走った。

歩行者、自転車、バイクの専用道路を大橋まで登る。     
ママチャリでは結構キツイ!!途中休みながら橋の上に着く。
今治に着くまでに橋の上り下りを6回繰り返すことになる。  
大島の二つの峠越と合わせると標高約360mを上り下りした。


「生口橋」 (790m)
Ikuchisima01
二番目の橋を渡り生口島へ

Inokughi02
好天に恵まれて絶景の瀬戸内海を何回も見ながら。

スタートから約30Km、生口島をしばらく走ると急に足が痙(つ)り
はじめた。若いころから痙りやすい体質なので、漢方薬を持ち歩い
ている。朝も飲んできた。しかし何とそれが喉用の漢方薬だったの
だ
!! 深刻な大笑いだった。                     
すると途中に「マツモトキヨシ」が有り、幸いその「芍薬甘草湯」を売っ
ていた。早速すぐ多めに飲んだ。                    

「
平山郁夫美術館」

Inokuchi03
薬局の直ぐ先に生口島生まれの平山郁夫画伯の美術館があ
った。休憩を兼ねて、ユックリと1時間近く見学した。
小学生の
時の絵や興味ある展示物も有ったが、奥さんが芸大日本画の
主席で、次席が平山画伯だったそうだ。             
しかし奥さんは結婚したとき、一家に画家が二人必要ないと、
以後絵を描かず生涯サポートとして支えたということを知った。

見おわる頃には足の痙りが幸い収まっていた。        

「
多々羅大橋」  (1,480m)

Ohomishima01
三番目の橋で長さが2番目の橋を渡って大三島に着いた。
しかし宿のある井口港と反対方向へ2〜3Km走ってしまい、
途中で気がついて引き返してヤット宿にたどり着いた。   


「民宿の夕食」
Ohomishima02
宿の食事は品数が驚くほど沢山出た。大きな鯛の兜煮
は魚が好きなので骨をまでしゃぶり尽くして、残った
骨の山を見て宿の人が“このくらキレイに食べてもらう
とうれしいです”と言われ魚好きな私は嬉しかった!!
ところが寝床で再び両脚が痙りしばらく七転八倒した。
でもいつの間にか寝込んで、翌朝は痛みが消えていて
助かった。                           



********二日目 ********

「
多々羅大三島公園のサイクリストの聖地碑」
Ohomishima03
昨日渡った多々羅橋のたもとに道の駅がある。    
そこに「サイクリストの聖地」というあり石碑があった。
2014年に「国際サイクング大会」開かれた記念らしい。

「
大三島橋」 (328m)

Ohomisima04
四番目で一番短い橋を渡り伯方島へ

どこも桜が満開だった。道の駅で「伯方の塩」と、行動食に
「せとか」というミカンを買った。美味しかった!      

「
伯方・大島大橋」 (1,165m)

Ohoshima01
五番目のこの橋を渡り一番大きな大島へ

コロナ禍中で人が少なくてどこも快適だった。普段は
世界中からライダーが来てもっと混雑するのかも?  

「
能島城跡」

Ohoshima02
村上水軍の城址で時間があれば渡って歩いてみたいと思った。
今治まで10Km代の残りキロ数が路上の青線上に記されるよう
になってきた。                             

「
来島海峡大橋」 (4,105m)

Ohoshima03
六番目・一番長い最後の橋を渡ればいよいよ四国だ。

大島に入り約12Km走ったが、二つの峠越があり、途中は
大分チャリを押して歩いた。最後の「
道の駅よしうみいきい
き館
」でユックリと休憩した。                  

「来島海峡大橋入口」

Imabari01
最後の専用道路を約60m上って橋の上に着いた。
橋の途中にある馬島の先に見えるのが四国だ。  

「来島海峡大橋の中間を通過」

Imabari02
事前に見ていた10日間天気予報では午後から南西の風だ
った。予報通りの向かい風だったがそれ程強くなくて助かっ
た。イヨイヨ四国だ!!                      


「今治到着」

Imabari03
らせん状の専用道路を下る途中から見た今治の造船所群

「しまなみ海道」はここを下りた所にある「糸山サイクリングタ
ーミナル」までなのだそうだが、“ここまで来たら今治駅には
着いたようなものだ”と係りの人に言われて、最後の6Km
余りを頑張って駅まで走り、駅前のステーションで自転車
を返却した。                        


 後から来るロードバイクにスイスイと抜かれながら2日間の
ママチャリの旅。流石に疲れましたが、天気にも恵まれ良
い「
しまなみ海道」のツーリングでした。        
次回はひたすら走るだけではなく、もう一度ユックリと島巡
りをしてみたいと思いました。
 
********オマケ********
「
道後温泉」

Dougo01
この旅のもう一つの目玉が以前から一度行きたいと思ってい
た道後温泉本館に入ることだった。               
JRで今治駅から松山駅に行きホテルに入った。フロントで 
道後温泉に行きたいというと、予約券を持っているか言われ
る。    
エッ!!!                       
コロナで入場制限をしていて予約が必要だそうだ。今の時間
だと無理かもしれないと言われたが、一応温泉に向かったが
何とこの景色!!                         
ニュースで工事をしていることは知っていたが、こんなにサイ
ケな状態だとはビックリだ。本来は左側が有名な正面玄関だ
そうだ。反対側の裏門が今の入口だった。それでも20時半の
予約がとれた。                            

夕食後に向かった温泉はかえってすいていてユックリと入れ
た。温泉は松山市の経営で、もう三年も耐震強化工事などを
していて二階の休憩室は使えなかった、完成は4年後とな
る大工事だそうだ。その時には再度行ってみたいものです。
****************
「足痙った よく頑張った 海の道」
というところでしょうか。
 
< 2021年  6月 >
いつも眺めている武甲山に登った。
晴れの予報に早立ちで家を車で出て、生川(うぶかわ)コースから武甲山に
登ってきた。若い頃には石灰の採掘で無惨に削り取られた山容の武甲山を
見て、登りたいとは思わなかった。しかし最近はウオーキングで毎週の
ように眺めている武甲山なので、一度は登ろうと思っていた。


稲荷山公園公園展望台からの「武甲山」
bukouzan01
中央、右側斜面が直線的に削り取られている

「秩父市街方面の眺望」
bukouzann02
この柵のすぐ向こう側は削り取られた急な崖だ。
登る前は、途中からは稜線歩きだと勝手に想像していた。でも樹林帯の
つづら折れの上りを進むと、そのまま社殿のある山頂の広場に着いた。

「最後のレッドアロー号(いつもの7両編成だ)」
bukouzan03
少し上の最高点の展望広場まで行くと、フェンスに望遠の一眼カメラ2台を
下に向けセットしている人がいた。”私は撮り鉄です”とのことで、あと
30分位で下を走るレッドアロー号を写すという。それは回送されてくる最後
のレッドアローの車両で、 横瀬駅の引き込み線で明日は解体され、くず鉄
として売却されるとのこと。私も随分お世話になった。これは見なくては!!
とそのまま頂上に留まりレッドアロー を待った。実際には下をユックリと走る
車両は小さくて肉眼ではよく見えなかったが。
(上はデジカメのズーム70�oで撮影してトリミングしたレッドアロー号の写真です)


「生川の湧き水・延命水」
bukouzan04

帰りに生川からすぐの道路脇に湧く延命水をポリタンクに汲んできた。
20リッターは重かったが、この水で煎れたコーヒ、緑茶、紅茶どれも

一口飲むと”これは違う!!”ですヨ!

****************
「解体に 進むアローや 武甲山」
というところでしょうか

< 2021年  3月 >
世界中のコロナ禍でも春は来ます。
狭山湖沿いの狭山丘陵を歩いていて「ウグイスカズラ」という花だと教えられた。
今までにも見ているのだろうけど記憶に残っていない。
可憐で10mm位の小さな花だがどこがカズラで絡んでいるのだろう?と思った。
帰って調べると本当の名前は「
ウグイスカグラ」だった。
鶯が神楽を踊る姿に似ている、という説からだそうだ。
私が名前がわかる数少ない花の一つになるだろう。(多分?)
「ウグイスカグラの花
」
69ukagura1

その気で見ていないと見落としてしまうほど小さい
69ukagura2

------------------------------------------------
*****************
昨年9月以来の更新となりました。
長く使っていたSo-netの無料サーバーが終了となり
新たに oba-jr1jmj.com のドメインを取得し
変更した新サーバーからのアップです。
****************

「その姿 お神楽舞うよ ウグイスが」
と言うところでしょうか。
 
< 2020年  9月 >
いつも一緒に歩く気の合う仲間達と出掛けた。たまにはラーメンでも作って
食べようかと、長年しまい込んであった
「ホエーブス・725」を引っ張り出した。
(昔はもっぱら「
ホエブス」とか「ブス」などと呼んでいたが)
もう50年くらい昔に買ったストーブなので、もし錆びて孔でもあいていれば使えない。
20年以上は使っていないはずだがケースの缶の底が錆びていただけで、
蓋を開けて出してみると状態はそれほど悪くない。
試し炊きをするために、余熱用の固形燃料を山屋で買ってきてあった。
でも仕舞っていた段ボール箱に古い形燃の「メタ」がこんなに残っていた。
燃料用のホワイトガソリンはとっくにもう無い。
試すのはテント内ではなく屋外で中毒になる心配は無いので、
車のガソリンを少し抜いてストーブのタンクに入れた。
メタで余熱をして火をつけると例によって初めは少し頼りなく、
そしてすぐにゴーッと勢いよく懐かしい音で燃えだした。

「缶とホエーブスとメタ」
68PHOE1

オーストリア製のガソリンストーブ 「ホエーブス」は登山用ストーブの名器だ!!
ネットにも多くの情報が上がっているが、1920年代(大正時代)から生産され
1992年に生産が中止になったとある。
そんな昔から作られていたのかと改めて驚く。
-----------------------------------------------
〇通称「ラジウス」と呼んでいた石油・ストーブ            
安全だが着火にポンプの与圧と余熱に手間がかかり重い。 
〇「ホエーブス」などのガソリン・ストーブ                
ガソリンなのでやゝ危険だがメタ一本での余熱で
火が付き
火力が強い。        (大型の625では与圧が必要)

〇現在主流のEPIガス・ストーブ                     
ガソリンと比べて火力は少し弱いが簡単に着火し軽くて安全。
----------------------------------------------
「テストで水1リッターを沸かす」


「ブー」という懐かしい音を上げて快調に燃焼し!!
余熱2分、燃焼6分間で水は沸騰した。
****************


「
古ブスや アッと湯が沸く ブーブーと」
と言うところでしょうか。 
< 2020年  8月 >
コロナ禍で今年の長い梅雨が明け,8月に入り30度以上の日が続いている。
我が家のバケツ田圃の水がアッという間に減っていた。ボウフラ退治に放して
いた大きい方のメダカが泥の上に死んでいた。慌てて水を足したが深さ5セ
ンチ位の水が1日で無くなってしまう。3日間毎日水をつぎ足していたのだが
古代米には目が行っていなかった。気温が上がり稲が水をドンドン吸い上げ
ているのだろうナ、と成長の早さに感心しながら田圃を見ていた。

すると葉の間に花が沢山咲いているではないか!! すでに
出穂していたのだ。
不覚にも穂の出初めを見落としていた。3〜4日間でこのぐらいになったらしい。
勿論、イネの花を見るのも初めてだ。

「田植から77日目 古代米の花」
67Ine1
(高さも118センチになった)

「バケツ田圃に植え替えらなかったプランターに残った古代米」

こちらは土もほとんど砂利で肥料も少なかったので、葉の緑色も薄くて成長
が少し遅かった。でもこんなに花を咲かせた。
これからは雀や台風に注意を
しながら見守りたい。秋の稲刈りがいよいよ楽しみになってきた。
****************


「
夏がきて アッと花咲く 古代米」
と言うところでしょうか。 
< 2020年  6月 >
知り合いのSさんから「バケツ稲作」の話しを聞き、古代米の稲穂を頂いた。
籾蒔きのニュースを聞き、4月19日にあり合わせのプランターに籾を埋めた。
見ての通り
蒔かれた籾にとっては過酷な土で、妻はこんな所ではダメと言う。
これはダメだったかな?と心配した。

でも10日余り過ぎた5月になって初めての芽が出た!!
そして約60の芽が出て伸びていくその姿に、強い生命力を感じた。
「初めて出てきた芽」(5月1日)
66ine1
(1センチ)

今度はネットで調べ、土と肥料を買ってきてバケツ田圃2枚を整備した。
田植えのニュースを聞いて、5月25日に人生で初めての田植えをした。
「田植え無事に終わる」
66ine2
(23センチ)

暑い日が続いていて古代米はドンドン伸びている。
「今日、田植え15日目」
66ine3
(41センチ)
秋の稲刈りが楽しみです。

「
バケツでも 元気に育つ 古代米」
と言うところでしょうか。
 
< 2020年  5月 >
<駄写真でない写真>
新型コロナ自粛の初夏を迎えていますが、皆さん如何お過ごしですか。
当地の桜は花見をされることなくスッカリ散りました。
信州に住む仲間から桜の写真が届きました。

「一本桜と白馬連峰」
64karasawa01
白馬連峰を背にした「野平(のだいら)の一本桜」です。
いつもの春は大勢のカメラマンで賑わうそうですが、
今年はコロナ自粛で静かな桜だそうです。



今シーズンの雪不足で信州のスキー場も随分早くクローズされたようです。
それでも、信州には春の満開が訪れています。

羨ましく贅沢な風景です

****************
勿論これは駄写真ではありません

「
うらやまし 野中の桜 贅沢が」
と言うところでしょうか。 
 < 2020年  4月 >
以前から気になっていた「唐沢トラスト地」へ
「農業環境改善センター」(以降、センター)から往復した報告です。
八幡神社まで:約10分        
金子神社まで:約15分        
    唐沢トラストまで:約20分、(休憩15分)
   センター帰着:約1時間15分      
=====================================
往復所要時間:約2時間半      
   歩数   :約1万歩     
****************
加治丘陵は標高は180M程度の里山だが、朝の空模様を見てから出発した。
車で10分走れば着けるこんな良い場所が市内に在ることは幸せなことだ。
****************
いつもの桜山には上らず、テニスコート横をショートカットして八幡神社に向かう。
「よもぎ新道」を渡り直進し赤い鳥居の八幡神社前に出る。石段を社まで上がりお
参りをして、鳥居の前の道を進み住宅街を通りトラス入口(C9)を見付け上り始める。
地図をよく見ると神社の脇道を右に上るルート(5-17)が正しかった事を帰路に
知った。途中の金子神社(5-19)を経由して「唐沢トラスト地」に到着した。
 「コース案内図」
64karasawa01
「八幡神社」
64karasawa02
「トラスト入口」(C-9)
64karasawa03
「金子神社」(5-19)
64Karasawa04
時間も少し遅かったのだろう人とは会わない。殆ど起伏がない稜線上で気持ちの
良い樹林の中を進んで行く。一人で歩いているとその静けさに、少し大袈裟だが
「
深山幽谷」という言葉の気分が浮かんでくる。近年はこの辺には天然記念物の
「ニホンカモシカ」が出没するそうだ。すぐ近くが入間市と飯能市の住宅街なのだ
が、秩父から渡ってきたのだろうか?と驚く!

「唐沢トラスト地」(W-1)
64karasawa0564karasawa06
最後に急な木段を下り、唐沢トラスト地に到着した。先着の女性5人組がテーブル
で食事をしていて初めて人を見た。すると車の警笛が聞こえてきた。よく見ると木の
間越しの先に八高線と県道が見え車が走っていた。深山の気分から急に現実へ
引き戻された感じがした。
****************
復路は橋を渡り西側の谷筋を上り戻った。こちらも気分が良い道だった。

「頭上の輸送機」
64karasawa08
稜線に出たとき、突然という感じで爆音を響かせ飛行機が頭上を通過していった。
米軍のC130輸送機で横田基地に着陸する侵入コースなのだろう、車輪とフラップ
を降げている様子が下からでもよく見える。轟音で完全に幽谷気分が吹き飛んだ。
その後にも写真を撮れるほど何機も通過していった。
****************

このコースは里山なので枝道が沢山あり注意を要する。ルート図を何度も見ながら
歩いた。途中からは往路と同じ道を歩いたつもりだったのだが、行きとは違う(5-17)
経由で
八幡神社の脇道に出た。
途中で一組のハイカーと行き会ったが、何か道に迷い?気味の感じの二人連れだっ
たが、こちらもふやで迷い気味なのでそのまま言葉をかけずに通り過ぎた。
****************
「トラスト地」とは自然や歴史的環境を保護するために基金で買い取り、管理保全
されている土地をいう。「さいたま緑のトラスト」は1号地から14号地が指定されている。
入間市にある「加治丘陵・唐沢流域樹林地」は第6号地で平成14/15年に指定された。
 尾根越しで見えないが「トラスト地」の直ぐ西側には大きな霊園やゴルフ場がある。
この様な取り組みが無ければアッという間に木々が伐採され、切り崩され、埋め立て
られて更地にされて、住宅団地などに変わってしまうのだろう。

「
幽谷の ような唐沢 響く轟音」
と言うところでしょうか。
< 2020年  3月-2 >
いつも稲荷山公園の展望台から堂平山を見ている。
その隣の「笠山」へTさん、Oさんと三人で出掛けた。
帰路に日帰り温泉の「都幾の湯」に寄り、昼寝をして帰ってきた。

稲荷山から見る 「堂平天文台」左矢印、「笠山」右矢印
63kasayama10

「堂平の下りからの見る笠山」 (Oさん撮影)
63kasayama01

「笠山(837m)の山頂」
63kasayama02
気温が上がり霞のため見晴らしが悪かった
(日光連山方面)

「笠山神社」 (Oさん撮影)
63kasayama03
笠山は双耳峰で山頂から10分程で神社の鳥居と社がある。

「堂平天文台」
63kasayama04
天文台の前に車を駐めて笠山を往復した。
堂平はアマチュア無線の好ロケーションとしても有名で何度か来ている。
久し振りに無線機を車に積んで行き交信も行った。

「笠山峠」                 「残雪」

堂平から約30分下り笠山峠の林道を経て、約30分の上りで笠山に至る。
峠から白石バス停方面への林道は,昨年の大雨でまだ通行止めだった。
4日前に降って直ぐに消えた雪が北側の日陰には所々に残っていた。

「笠山」の正しい名前は最近になってヤット覚えた。
その特徴的な山頂の形から仲間内では、
「オッパイ山」とか「チクビ山」などと勝手に呼んでいた。
地元では「乳房山」とも呼ぶそうだ。

「
遂に立つ 乳首の上に 笠山の」
と言うところでしょうか。
 
< 2020年  3月 >
上信越道・下仁田ICを降りた先の「あぶだ福寿草の里」へ
以前から行こうと思っていた福寿草を見に行った。

「梅が満開の福寿草の里」

紅梅・白梅に蝋梅までが満開の下に、福寿草が沢山咲いていた。
地元の「育てる会」の人達が整備して守っているそうだ。
                       (協力費300円)

「福寿草」
62Fukujyu02
我が家の庭とは違いズット元気な黄色!!
(花びらの中に小さな蜂がいる)

「梅の下の群落」
62Fukujyu03
去年は群落だったが今年は2〜3株と、
咲く場所があちこち変わることがあるそうだ。

「秩父紅という品種の福寿草」
62Fukuhyu04
紅色というより金色にも見えるこの濃い黄色に、
楚々とした黄色い福寿草とは違う妙な
艶めかしさを感じる。

「
梅の下 群落見たり 福寿草」
と言うところでしょうか。 
< 2020年  2月 >
入間市の博物館「アリット」へ雛人形を見に行った。
アリットの収蔵品と市民から提供の人形が飾られていた。
説明書きを読むと人形にまつわるそれぞれの家族の歴史が記されていた。
戦後の混乱期に買い求められたという人形達が多い。
ムーミンやディズニーの変わり雛や,慶応二年と墨書された雛段の足組などもあった。

「市民の男雛と女雛」
61Hina01
昭和27年に買ったという大きな人形
(激戦の過酷で有名な戦地から復員した伯父さんが、
初めて生まれた女の子の姪っ子
に喜び、県内を探し回って贈ってくれたそうだ)

「博物館収蔵の雛段」
61Hina02
寄贈されている立派な七段飾り雛
「雛に見る 家族の歴史 アリットで」
と言うところでしょうか。 
 < 2020年  1月 >
12月初旬、門の前に置いた鉢植えの赤い花が永く咲いていると思った。
10月にはもう咲いていた気がする!!
“随分永く咲いているけど何の花?”と聞くと
何年も前にもらった球根で名前は忘れたと言う。

花名人のOさんに問い合わせると、
 
ネリネ(ダイヤモンドリリー)と教えてくれた。
淡い赤色だが曼珠沙華の親戚筋で、永く咲く花とのこと。
年が明けてもまだ咲いている!!
でもさすがに1月も15日にもなると一株は完全に萎んだが、
残る一株も風前の灯という感じでまだ残っている。
二ヶ月くらいは咲いていたか??

Oさんに聞くと、それは来年のために切ってしまった方が良いとの事。
葉はまだ青々としているが早速茎から切り取った。
これで我が家の
ネリネのシーズンが終わった!!
「雨に打たれる最後のネリネの花」
60Nerine1

「12月初め頃の
ネリネ」

“毎年咲いているでしょ”と言われたが、
これで名前も覚えたし、次の開花が楽しみだ。
つまり早くも今年の年末の話ということになる!!

「永く咲き ネリネの名前 覚えたぞ」
と言うところでしょうか。
< 2019年  年末 >
今年は季節の移り変わりが一ヶ月くらいは遅いのではないかと思う。
寒かった 正月にあと一週間余りになった朝(24日)、
いつもの稲荷山公園も秋がヤット本格的という感じだった。

「靴が落ち葉に埋まる中で準備運動」
19rakuyou
この1週間くらいに積もった大量の落葉に覆われて芝生の緑が見えない。

「稲荷山 こゝにも来てる 温暖化」
と言うところでしょう。
 
< 2019年  12月 >

12月6日に神宮外苑の銀杏並木を見に行った。
今年は夏の猛暑で黄葉がずれ込んでいるそうで
確かに西側の並木はまだ緑の葉が沢山残っていた。
例年なら黄葉も終わりの頃で落ち葉が沢山なのだろう。
そのためか雑踏の観光見物客などが少なく落ち着いて歩けた。

「右側はまだ葉が緑の銀杏並木」
jinguu1
人出もそれ程多くなかった

「ほゞ完成した新国立競技場」
jinguu2
こうして写真で見ると「木製コロッセオ」と感じられなくもない!!
(ローマの本物を見たわけではないが・・)

「並木道 酷暑が残す 葉の緑」

と言うところでしょうか。
 
 < 2019年  11月 >

昔の仲間の集まりで浜松の舘山寺温泉に行った。
今回の担当幹事は地元出身で名幹事だった。
浜名湖半周のバスツアーや観光船で湖上遊覧もできた。そして
美味も・・・
最近は高くてなかなか手が出ない、鰻重を久し振りに堪能した。

「湖畔の店で食べた本場の
鰻重」
hamanako1
美味かった!!その上それ程は高くなかった
3,200円也!!!
(勿論安くはない、でも最近はこの値段では中々食べられないらしい??)
浜名湖と言えばウナギの産地として有名だ。
しかし近年はウナギの産地は鹿児島や愛知県などに移っていて、
宮崎に次いで静岡県は4位だそうで、知らなかった!
そのせいか浜松土産の定番
「うなぎパイ」をあまり目にしなかった気がする。

「舘山寺温泉のロープウエイ」
hamanako2
湖上に掛かるロープウエイは全国でここだけだそうだ。

「浜名湖の上を走る東名高速道」
hamanako4
観光船で東名の下を通る。

「東名のPAからの富士山」

往路で休憩した由良PAから富士山が少し望めた

「次はいつ この鰻重に 出会う日は」
と言うところでしょうか。
< 2019年  10月 >

雪の無い越後湯沢に行き、
小出ICまで少し足を伸ばして西福寺で「
石川雲蝶」の彫り物を見てきた。
幕末の彫師・
雲蝶は近年「東洋のミケランジェロ」と言われたりしている。
以前から機会があれば見てみたいと思っていた。
それにしても
ミケランジェロとは大げさナ!と思っていた。
日本なら「越後の
左甚五郎」だろ−・・ と。
お宝番組の鑑定家・中島誠之助氏がその彫り物を見て
「これは越後の
ミケランジェロだ」と叫んだのが始まりだそうだ。
それが「日本の・・」になり「東洋の・・」にと格上げされてきた?そうだ。

「西福寺・開山堂」

saihuku01

豪雪の重さから藁葺き屋根を守るためだろう、新しい鉄屋根に覆われている。

「開山堂の入口に掲げられる迫力ある彫り物」
saihuku02

立派な本堂からつながる開山堂に入ると(写真は撮れない)、
それ程広くはない部屋の天井と四方の彫り物に囲まれて
思わず「オオッこれは凄い!!」と声が出た。
天井を見上げるため”畳の上に寝ないで下さい”と注意書きがある。
立ったり畳に座ったりしながら見事に着色された
天井と鴨居の彫り物や鏝(コテ)絵などに見入った。
曹洞宗の禅寺なので道元禅師の物語などが彫られている。

そして
雲蝶がなぜミケランジェロと擬されたかがわかったような気がした。
それは彼が単に彫り物だけでなくコテ絵や日本画に細工物なども良くする、
ミケランジェロのように多能の彫り師だったことを知ったからだ。
日本の一見の価値ある彫刻だと思った。

「伊香保温泉の石段」
Ikaho01

帰路に伊香保温泉へ寄り、有名な石段を初めて神社まで登ってきた。
温泉街には廃業した旅館やみやげ屋が目に付いた。
そして久し振りに水沢うどんを食べて帰ってきた。

「比べうるか? ミケランジェロに 雲蝶は」
と言うところでしょうか。
 
< 2019年  9月−2 >
私が長く魅せられてきた「釈迦苦行像」を鎌倉の建長寺で見てきた、と聞き行ってきた。
何度も門前は通り過ぎていたのだが始めて入山をした。
その像は法堂の本尊「千手観音坐像」の前に安置されていた。
2005年の愛知万博にパキスタン政府が出展し、その後に建長寺に
寄贈された像だそうだ。
kugyou01
 本物とそっくりだが少しサイズが大きいかナ!と感じた。
質感の違いもあり、ラホールの本物とは違うと感じた。
下から見上げた目がただ閉じて瞑想をしているだけだった。
そして3Dプリンターによるレプリカなのかな??とも思った。
(材質はファイバーグラスとのことだ)
何しろラホールには本物があり、3Dデータでも取れるのだから・・・と

kugyou02
本物の写真と比べると、首の傾きなど全く同じ形ではないようだ。本物の像の眼は鋭く開いている。
35年前に東京で始めて見た本物の様な感動は感じられなかった。
仏像は4−5世紀頃にガンダーラか西域を経て戦乱の時代の中国に伝わった。
救いとして仏教に苦しみの形を表した「苦行像」は適当ではないと、忖度されてか?? 
そのモチーフは中国に広まらなかった。従ってその後の朝鮮にも日本にも伝わらなかった。
近年日本でも各地で
「苦行像」が見られるようになった。
彫刻家や寄進者が世界的にも有名なラホールの「苦行像」に感動した結果なのだろう。


 建長寺の境内は広く最奥の「半僧坊」の上まで登ると、
下に見える伽藍の先に鎌倉の市街と海が望めた。
天気が良ければ富士山も見えるらしい。

「 見上げたが 感動は無し 建長の像  」
と言うところでしょうか。
 
< 2019年  9月 >
夏は良く晴れてもかすかに山の輪郭が見えるときがある程度で、
普通は我が家からは殆ど富士は見えない。
でも強い台風15号が過ぎた朝、
雨戸を開けて窓から身をのり出すとハッキリと富士の稜線が見えた。
冬の富士とは違う久し振りの富士だった。

kurofuji
「9月の黒富士」

kurifuji02
[正月の白富士]

今年の暑い暑い酷暑の夏も、アッと言う間に寒い寒いの冬となっていく日本です。

「 野分去り オット!目に入る 黒富士が 」
と言うところでしょうか。
 
< 2019年  7月 >
梅雨が明けない!! 雨の日が続いている
長年の腰痛が5月に殆ど治り、久し振りに信州へ出掛けた。
ノルディックの仲間が入笠山に行くので、同じ日に別行動の単独で登ってきた。
諏訪南ICから直ぐの、富士見パノラマのスキー場には昔は随分通った。
ゴンドラ駅から入笠山頂までのコースタイムは約1時間。
雨の中を傘もさしてユックリと登った。

Nyuukasa01
「入笠湿原」の木道、雨でも気分の良い湿原だ


入笠山は
スズランの群落が有名だがもう終わっていた。
アヤメ?菖蒲?カキツバタ?いつも名前がわからない。
紫の花があちこちに咲いていた。
盛りが過ぎて雨に打たれる姿に趣を感じた。

Nyuukasa02
ゴンドラの上駅までは全くの雲の中だったが、
1955mの山頂は雲を抜けたのだろう、見通しは無いが薄日も差していた。
自分の足で1000m以上に来たのは何年振りか?思い出せない。
もっともゴンドラが1700mまで運んでくれたので、
実際に歩いた標高差は約300mだったが、
それをゼーゼー言いながら休み休みしてヤット登った(笑い)。
追記:歳を取って久し振りだったので、高山病が出たのでは?
との山仲間から意見。確かにそうだったのかも・・・


下の小屋で水を入れてくるのを忘れたので直ぐに下山した。
下山後は昔の仲間に会うため、茅野に寄り塩尻まで行き一泊した。


翌日は塩羊羹の土産を買い、よく通った共同温泉に入って帰るつもりだった。
でも朝の天気予報で”
長野県地方は快晴”と言っている。
急遽ビーナスラインを上がって霧ヶ峰の
「ニッコウキスゲ」を見て帰った。


「ニッコウキスゲ」
近年は鹿の食害で花が減っているそうで
鹿除けの電気柵?に囲まれていた。


「コバイケソウ」
オレンジ色の群落中に頭を出して咲く
思っている以上に体力のガタ落ちを実感する山行だった。

「 雨と晴れ 腰痛なおり 信州へ 」
と言うところでしょうか。
 
============================

「帯化ユリ」
稲荷山展望台の北斜面に自生する「帯化ユリ」
突然変異で一株に沢山の花を付けて咲き、来年この株はもう帯化しないらしい?
地元の人達がボランティア活動で保護している。





 < 2019年  6月 >

2日前にかなり強い雨が降った梅雨の晴れ間に
入間川の右岸を歩いた。
すると川の中にいつもは見ない白い帯が見えてきた。
魚道が有りいつもは石積みのマス目が見えている堰だが
増えた水量で
川幅一杯に拡がった白い水流が
チョット見に大瀑布みたいな迫力だった!!

bakuhu1
広瀬橋と本富士見橋の途中にある「
田島屋堰」です
(堰の名前は河川の専門家Tさんに教えてもらった)
bakuhu2
数日後に水辺の近くまで行ってみた。
水量は減っていたがまだ水音が結構な迫力だ。
その時、不覚に
も「いるアガラ小瀑布」と口を突いた。
「日本ライン」(ドイツのライン川のような木曽川峡谷の急流)のように
「日本の何とか(海外の有名地)どこそこ(日本の観光地)」という呼び方がある。
これはイメージを売りたい為だろうが日本の景勝地ヨ
もっと自信を持って頑張れ!!と普段から違和感を感じている。
「どこそこの京都」という様な日本の地名同士にも少し感じている。
「日本アルプス」も明治初期にイギリス人技士が名付けた呼び名なのだけどォー
今となっては”
飛騨山脈(北ア)を縦走してきた” などと言われても
ピンと来ない。
「いるアガラ」は「入間川のナイアガラ瀑布」という意味では
決してありません!!

「 雨の間の しぶき轟音 いるアガラ 」
少し大袈裟ですが、と言うところでしょうか。

< 2019年  5月 >
花や木の名前にも全く疎い方だ
桜の花も散りすっかり新緑になった公園のコースに
花びらでなく桜に似た白い花がたくさん落ちていた。
egonoki04
これは4花弁だが5花弁が多い

egonoki02

egonoki02
何の花だろう?と聞くと花に詳しいOさんが
「エゴノキ」だと教えてくれた。
更に実を揉むと泡が出るセッケンの木だ、とか
毒が有り昔は河に流して魚を捕った。
などの情報を他の仲間からも教えられた。

egonoki03
一番太い木にはプレートも付いていた。
取り敢えず
エゴから自己チュウの木と関連づけて覚えた。
来年の桜が終わって、この白い花を見たときに
さて「エゴノキ」の名前を思い出すかが問題だ。

「忘れるな 来年咲いた エゴノキを 」
と言うところでしょうか。
 
< 2019年  4月 >

寒暖の差が大きいからだろう、今年のサクラは長く咲いている感じだ。
例年のことだが2日前の土、日には屋台も出て花見で大賑わいだった。
でも火曜日(4/9)には殆ど人は居ない満開のもとででノルディクウオーク。

inariyama1
大きく輪になって拡がり恒例の筋トレから

inariyama2
いつもランナーが走ってい周回コースにも花びらが一面で、
小さい子供連れの数組だけ。

「人は居ぬ 思う存分 稲荷山 」
と言うところでしょうか。


アラ・アラ!!翌日の今日(4/10)はボタンボタンと雪が落ちていました。
 
< 2019年  3月 >
元来、行列は避ける方だ!
だから大昔の話しだが「ミロのビーナス」や「万博」にも並ばなかった。
たとえそれが話題のラーメン屋でもだ。
それなのに六本木のアークヒルズで開かれている
「新北斎展」へ混雑覚悟で出掛けた。
(開催は3月24日(日)まで)
hokusai1

この52階の会場入り口にたどり着くまでに2階のエレベーター乗り場で
40〜50分並び、ここでも20分待ちでヤット入場できた。
お陰で並んでいる間に読んだ新書本のページが大分進んだ。
でも会場内は入場規制がされていたのでだろう、
それ程ひどい大混雑ではなかった。

以前にも見ている
「狐狸図」は幅57�p、高さ1.2mで双幅の肉筆画。
北斎最晩年の絵で、その右幅は僧侶姿 の狐が描かれている。
展覧会には400数十点が展示されていたが、
興味深い展示品の中でもこの絵に一番目を引かれた。
それは
狐の僧がこちらに出した右足の爪先だった!!
白い足袋草履の爪先がこちらにスット向かっている。
今まさにこちらに来る!!ように感じた。

それは一緒に並んで見ていた子供連れの若いお母さんの、
”あの足凄いね”と言う声が聞こえたからだった。
その声に白足袋の足先に目をやると、それが迫ってきたのだ!!!
改めて絵全体を見直しても矢張りこの絵はこの白い爪先だナァーと思った。
ヤッパリ
北斎は天才だぁーと感じた。
そしてあの若いお母さんの眼力には負けた!!とも思った。
hokusai2
52階からは絶好の展望日和だったので、


オリ・パラに向けて進む
国立競技場建設の進捗も視察できた。

「アークヒル 国立も見た 行列し 」
 
というところでしょうか
< 2019年  2月 >
カラカラ天気だったが雨が降り山は雪だった
朝、窓からのぞくと何か明るい富士山が・・

2019年2月1日 「壁裏の富士」
********************
     < 2019年  
正月 >

20年以上前には我が家の2階の正面に富士山がよく見えていた。
しかし途中に建ったマンションで全く隠れてしまった。
ところが見えないと思っていた富士が北側の窓から身を乗り出すと
お隣の壁の向こうに小さく見えていることを昨年末に気が付いた。
19fuji1
望遠で寄せると、邪魔物も入るが
矢張りこれぞ今年の
正月の富士山だ。

19fuji2
窓から相当身を乗り出して実際に見える富士


夕日にクッキリ
(少し腰に悪いが、わざわざ出掛けなくても写せるのが良い!)

  「邪魔物に 何するものぞ 我が家富士 」
というところでしょうか

< 2018年 十一月 桜紅葉 >    

今年は夏も暑くて季節の移りが遅いらしい

それでもいつも歩いている公園も落ち葉で一杯だ
落ち葉は踏まれて段々細かくなっていきます。


大部分が薄茶色の枯れ葉だが、中に明るい黄色がある。
少ないがこの鮮やかな赤色が目に入る。

真っ赤というより朱色や紅色よりも濃くて鮮やかな赤を感じた。
サクラの葉は枯れてくると次々と落てしまうらしい。
「
桜紅葉」(さくらもみじ)という言葉がある。桜の紅葉を表すようだ。
もしサクラの葉がみんなこの様に赤く色づいても、
枝から落ちないで残っていたら、
「
紅葉桜」(もみじさくら)となり、春の花のエース桜は、
秋の紅葉(こうよう)のエースにもなるだろうなぁー
と思いながら歩いた。


「サクラの葉 モット頑張れ みな赤く」
と思いました。


======================
<駄写真でない写真>
ノルディック仲間の Oさん からの紅葉です!!
飯能の名刹 能仁寺です。


「竹林に映える」

「能仁寺・庭園」
この夏の暑さのせいでしょうか
あちこちの紅葉が余り良くないと聞きます
でもこんなに見事な紅葉が身近にあったのに、
私は行きそこないました(残念!)

 
     < 2018年  秋 その3 >    

「秋霖」秋の長雨がヤット明けた。
朝のラジオで晴天を告げていた。
早速朝食前に茶畑に出掛けた。

狙ったとおりの富士が雪を頂いてクッキリと!!


遮る物のない山の上や海からとは違い
こちらは茶畑に林立する防霜ファンの向こうの富士


圏央道の上に富士

「茶畑に 富士がそびえる 柱中に」

というところです。

======================
足柄峠から写した富士山
丹沢の向こうに住む仲間がフェースブックにアップにしていた
同じ10月21日に足柄峠から写した富士です。


我が入間の茶畑からは奥多摩や丹沢の山並みの向こうに
5〜6合目より上の富士が見えていることが分かります
 

      < 2018年  秋・台風一過 >    

大型台風24号が日本を縦断していった。
我が家も強風で家がドスン・ドスンと久し振りにゆれた。

台風一過の稲荷山公園をノルディックウオークで歩いた。
公園内では松や桜の木があちこちで倒されていた。
幹の途中からや、根元から!!


太い赤松の幹が途中でボッキリ。


これは桜の若木が根元から。

改めて風の強さと風の吹いた方向を知った。
最近は公園内で赤く枯れてしまった、
倒れていなくても、切られる大きな赤松が目立ちます。

「赤松を 枯れてもいぬに 倒す風」


というところでしょうか。

< 2018年  秋 >

ノルディック・ウオークの仲間からの写真です。
<だから今回も駄写真ではありません>

秩父寺坂の棚田は稲刈りが終わりその先に望む
武甲山と曼珠沙華です。


日高・巾着田の曼珠沙華は500万株の群落で見事だ。
その為に有名になりシーズンには大変な大混雑になる。

この時期にはあちこちに朱い群生が見られる。
でも自分ではアップに耐える写真が撮れていない。
Oさんのハッ!!とするような朱色の秋が送られてきたので
アップさせてもらった。

「武甲山には彼岸花が良く似合う」


ということです。

 
< 2018年  梅雨の晴れ間 >

5月下旬の梅雨の晴れ間、空が染まっていた。
刻一刻とその様子が変わっていく。

大急ぎで部屋にカメラを取りにいきシャッターを切ったが、
少しチャンスを逃がした感じだった。

6月の下旬にまたこの空があらわれた。

今度は少し早くシャッターが切れたかナ?

周りでもきれいだネ!とこの夕焼け空が少し話題になった。
これは“地震雲じゃないか?”などと言う人もいた。
でも地震雲は変わった形の雲を言うので、これは違うでしょうと話す。

実際は気が付いていないことが多いのだろうが、
そのぐらいにあまり見る事の少ないきれいな茜色の夕焼けだった。

「茜色 梅雨晴れの空 息を呑む」
(季語になっている言葉も入っていますが、これは説明の単文ですヨ(笑い))

というところでしょうか。
 
      < 2018年  晩春 >    

所用で京都に出掛けた。
以前から一度は、と思っていた「天橋立」に行った。
同じ京都府内なのだが京都駅からは特急で2時間もかかる。
これで日本三景(宮島、松島、天橋立)の全てを訪れたことになる。


有名な天橋立の「股のぞき」は、撮した写真を逆さまにして見るのとは
違うようだ。
股からのぞいて見るとまさに龍が天に昇っていくように天橋立が見えた!!
多分頭を下げると三半規管が逆転しあの眺めを感じるのだろうと思った。
これは錯視現象の一つで、その研究がイグノーベル賞を受けたそうだ。
その昔一番初めにこの現象を見付けた人は誰なのだろうか?エライ!
実際に行って股の下から覗いてみないとあの迫力は分からないことになる。



ポールにすがってヤット腰を折りげて股の下から眺める


展望への上下にはリフトやケーブルカーがある。
リフトを降りるときに係員が両側から腕を支えてくれた。
後に乗っていた娘が「私はなにもされなかった」と笑った。
ウッ それほどにヨタヨタと目えたのだろうか?・・・・・ 
でも楽だったァー!


宮津駅のこちらからはモーターボートで渡り、帰りはレンタ自転車で
橋立の中の道を戻ってきた。
目を引く立派な松の木があちこちに・・・・


途中「磯清水」の海抜はせいぜい1M位ではないかと思うが、
枯れることがないという清水がある。
「呑むな」と注意書きがあったが口に含むと塩気は無かった。
不思議だ?

「腰折れば 天橋立 龍のぼる」

というところでしょうか。
     < 2018年  春が来た >

前回の奈良の山焼きの写真に刺激されて奈良に行ってきた。
以前から二月堂・修二会のお水取りに行ってみたいと思っていたので
思い切って出掛けた

7時半から始まった回廊を走るお松明の様子は見学客で大混雑、
外国人も多い、ジワジワとしか進めない。
二月堂の下にやっと着いても立ち止まり禁止で落ち着いてシャターを
切ってはいられない(判ってはいたのだが)






しかも腰痛が限界だ!!夜半過ぎのお水取りの見学は止めた。
同行してくれた神戸在住の友人に後を任せて宿に一人戻った。
彼は夜中の3時過ぎになり宿に帰ってきた。


「お水取り 修行者さんが 行のうち」


翌朝6時過ぎに朝靄のなかを再び二月堂に一人で行った。


回廊南西のこの角で火の付いたお松明を回して
盛大に火の粉を振り落とすのだ。



その下には昨夜の燃えかすが沢山落ちている。
あれは火の粉などではない、炭の燃えかすが落ちていたのだ!
確かにこんな火の粉をかぶったら着ているダウンなどは穴だらけになる。



その炭を大事そうに拾っている人がいたのでマネして拾ってきた。
一年の健康に一応我が家の台所に置いた


大仏殿まで下って来て、前の鏡池に映る「逆さ大仏殿?」
少し風があり波が乱れていたがマッ、仕方ないか。


「早起きし アア!写しても この程度」
というところでしょうか。



================================================
<駄写真でない写真>
仲間から前回の「山焼き」写真に引き続きこれを送ってくれた。
我々が行った三日前の二月堂の様子で、画像処理された迫力ある画像だ!!



 < 2018年  春が来る >

昔の仲間から奈良の山焼きの写真が送られて来た
 <だから今回は駄写真ではない>

写真を開いたときにオッオッ!!ときた。
有名な若草山の山焼きで花火が上がることを知らなかった。
元々は山焼き開始の合図だった花火が今年は600発も揚がったそうだ。
だが当日この風景を目にできるわけではない!!
花火は前に揚がり、山焼きの火とは一緒には写らないのだ。
でも三脚を使わずに写したそうで
さすがに元写真部でその撮影と画像処理の腕が伺える。

私も「お水取り」の落ちる火の粉を写したいと思っている
 。



「合図の火 お山に火の手 春が来る」
というところでしょうか。

  < 2018年  春の雪 >

雪が降った!!


入間基地に展示の輸送機にも雪が載る。


「彩の森公園」でいつも早く咲く紅梅と白梅にも雪


白梅にメジロが飛んできた!!
ウグイスだと思って撮したのだが、違うぞと教えられた。
(ウグイス餅は緑色なのにナァー)

「偉いナァー いつもガンバル 梅の花」
と毎年寒い時に感じます。

    < 2018年  初場所 >

栃ノ心関が優勝した!!
(2012年10月の写真を再度アップする)

春日野部屋が毎年のように当地へ合宿に来ている。
朝から市体育館の相撲場で数日間稽古をする。
なかでも栃ノ心関に注目をしている。
折角番付を上げていたのに大怪我で休場し
幕下まで陥落し復帰後に関脇ま登った。
しかし又平幕に落ちていたそれが今場所の十四日目での優勝だ!!!
グッ!!!と来た


 
下位の力士に稽古をつける。

tochi1
栃煌山関との稽古 この眼光に魅せられた。

tochi2
師匠からも指導を受ける。


そして頭も鍛える!

入間市はわんぱく相撲が盛んだ
全国少年相撲選手権で二連覇している!!

「
見ぬ横綱よりも 来た力士」
というところでしょう

      < 2018年  正月 >    

愛宕神社が氏神だ 孫を連れて初詣をしたもう四日なので静かに参詣ができた。

setubun


境内に新田義興の首塚がある。話しは660年前 室町時代・南北朝の頃
南朝・新田義貞の息子義興が多摩川「矢口の渡し」で討たれる。
その首実検(確認)のためにその首が運ばれここに葬られたそうだ。
(入間までは直線距離では40km余り)


約60年前の伊勢湾台風まではその時に植えられたという
有名な松がそびえていたそうナ


「
初詣 塚に感じる 南北朝」
というところでしょうか。

      < 2017年  初冬 >    

暑かったり暑くなかったり大雨や台風だったり
この年は異常の夏だった気がする。(最近は毎年か?)

我が家のドウダンツツジも紅葉が遅かったような気がする
それが一気に来た感じの寒気でいつものように見事に紅葉した


月をいただく夜のドウダン、夜は矢張り紅色の写りが良くない

昼間だと毎日玄関を出るとき、このぐらいの紅葉が目に飛び込んできます。

ドウダンツツジを 灯台躑躅、満天星躑躅と書くことをはじめて知った

setubun



「紅葉し 月がかかるヨ! ドウダンに」
というところでしょうか。


      < 2017年  秋 >    

奥武蔵のハイキングに行った。
高麗駅から日和田山−物見山―武蔵横手駅のコースを
通常のコースタイムよりユックリと約4時間かけて歩いた。

その昔トレーニングで足繁く通った日和田の岩場が有名だ。


物見山から横手駅に下る途中の「北向地蔵」さん
「佛心」(ブッシン、ホトケゴコロ)が、ハテ?我にはと考えた。


setubun
秋海棠(シュウカイドウ)の名前を,花に詳しい同行のOさんに教えてもらった。  (写真もOさん)

「五常の滝」は大きく見えて20m位に感じたが落差12mだ。

途中我々と同年代の3人連れと出会った。
名瀑「袋田の滝」を持つ茨城県から来たその人達に
この先に五常の滝という良い滝があるなどと
ピント外れ気味の話しをしてしまった。

三角点も尋ねて歩いているそうで物見山の三角点のことを教えてもらった。
これは
一等三角点で石柱の一辺が18�pなのだそうだ。
天辺に刻まれている+字線が東西南北をを示すそうだが
上にコンパスを置くと方位が15度位ズレていた。
(
帰って調べたら物見山は一等三角点補点のようだ)

「物見山・三角点」

写真を撮らなかったので2週間後に再び出掛けた。
見るとおりで実際は磁北と30度位は違っていた。
頂上は育った檜林で視界がほとんど無い。

「全方向 見晴らしきかず 物見山」
というところでしょうか。

     < 2017年  春 >    

ノルディクウオークの仲間と皇居を一周してきた。

まだ桜は全体的に六〜七分の咲き程度だったのだと思うが好天にめぐまれウオーキング日和だった。


混雑で皇居一周に1時間以上は長くかかった。
毎年のことですが満開の休日には大変な人出でしょう。

setubun
集合場所の桜田門


武道館では某大学グループの入学式もあり大混雑


千鳥ヶ淵は一部が片側通行!!
まだ桜は満開前の平日だというのに・・・・



お堀の土手には黄色い菜の花(カラシナか?)も咲いていた。

「千鳥ヶ淵 満開の時 すすめない」
というところでしょうか。

      
< 2017年
2月末 >

長年の念願だった北海道斜里岳山麓、清里町に在るゲストハウス「ロッジ風景画」を訪れた。
http://fuukeiga.net/

古い冬山装備を引っ張り出しザックに詰めて前もって別送品で送り出した。

1日目:羽田を発ち女満別へ。
空港の除雪の為に上空で20分間待たされてから、雲の中から雪の女満別空港に着陸した。

バスで空港から網走へ。網走駅から釧網本線の清里町駅に。
迎え来て来てくれた車でロッジに到着した。 
自宅からは10時間20分の旅だった。

setubun
<ロッジからの斜里岳>

2日目:初めてのスノーシュー(西洋ワカン?)を履きロッジ前の畑で足慣らし。
チョットあそこまででも往復2時間!足と腰痛の方は何とか持ちそうだ。
 その後にロッジから歩いて往復1時間の湧き水を汲みに行く。
3ヶ月位は腐らないそうでペットボトルに詰めて土産にした。
帰ってコーヒーを入れるとクセの無い味だった。




<確かに日本の輪カンより歩き易い!>


<湧き水を汲みに>


3日目:「神の子池」ツアー
湧き水で冬も凍らない神秘的な水色の池までを往復する。
多分20年以上振りに本格的な雪の中を歩く





4日目:「知床」ツアー
「象の鼻」までを往復する。
冬の知床を歩き、今年は当たり年だという流氷を満喫する。
満員の流氷観光船に乗るよりズットよかった筈だ。
 林の中や「男の涙」の断崖でエゾシカに出会う。
かなり近づいてもあまり逃げない

「ウトロ道の駅」で鹿肉ソースカツ丼を食べたが軽くて美味しかった。
少し複雑な気分・・・


あちこちにヒグマの爪痕。出会わなくて良かった!!
知床はヒグマのいない冬に限ります。


<急斜面では思わずストックを脇に揃えてグリセードがでた>


<「象の鼻」>


<強風の中で流氷を見る>

<地吹雪の「フレペの滝」と対岸のウトロ灯台、下には流氷>


<林でエゾシカに出会う>


<「男の涙」の断崖の上を進むエゾシカ>


<ヒグマの爪痕>

5日目:高速バスで清里町から札幌へ
度々風景画を訪れている同宿の人から
札幌なら高速バスの方が楽と教えられる。
吹きさらしの清里町新栄バス停10:25発で札幌へ。
6時間で札幌着、確かに多分電車より快適だった。
札幌泊

6日目:JRで札幌から函館へ
朝、札幌駅前の横断歩道で見事にスッテンコロリン!!

函館駅に着いて、今年は名物のイカがひどい不漁だそうだが
「イカそうめん」も食べた。
夜の函館山は外国人観光客で雑踏だった。
でもそれ程待たず山頂のレストランに入れ、
食事をしながら見事な夜景をユックリと眺められた。
下りの大型ゴンドラも数回待ちの超満員状態!!


<函館山の夜景>

7日目:函館空港から羽田へ
復元された五稜郭奉行所とタワーも見学。
函館空港から羽田空港着18:31
21:10無事帰宅

<機上からの雲海に沈む夕日>

前日の札幌駅前転倒で
結局ギックリ腰のお土産も持って帰ってきたが、
良い旅だった。

「知床の 滝と流氷 ヤット見る」
というところでした。

      < 2017年 2月 >    

今年も節分ダ!!
ヒイラギの枝にイワシの頭を刺して玄関に飾った。
猫の額の我が家の庭に柊の木を植えてある。
毎年一応豆まきなどをする今は歳の数だけ食べたら腹をこわす!
そしておかずの目刺しの頭を折ってきたヒイラギの枝先に刺して玄関に飾る。
鰯の臭いにつられて来た鬼がヒイラギの尖った葉に刺さって退散する仕掛けだ。
このヒイラギの葉は結構固くて鋭い! 
だから鰯の頭を枝の先に付けるだけでも痛い思いをしなければならない。

setubun

「鬼よりも 先にとがった 葉に刺され」
というところでした。

< 2016年 初冬 >    
今年も干し柿にする渋柿を沢山頂いた。


皮をむきヒモを結んでベランダに吊されビックリの初雪に部屋の中に避難して、
約1ヶ月吊して甘そうな干し柿になった。
でも一番大変だったのは全部の柿のヘタをT字状に残して
一つ一つ切り採ってくれた作業だったのだろう。







「T字枝 お陰で吊して 干し柿に」
というところでした。
 
  < 2016年 秋-2 >    

テレビで「秩父ミューズパーク」の
銀杏並木の黄葉を伝えていた

朝起きると快晴の空だった。
毎日が日曜日で時の利と、我が家の地の利を活かして
朝食後に出発して1時間で到着した。

初めてのミューズパークは思ったより広く直線で4キロ位はある。
第1駐車場から一番奥まで往復すると
8キロ以上になる。
だからレンタサイクルやスカイトレインという場内バスも走っている。


ennjyouji01
「黄葉というより黄緑色が綺麗だ」


「秋の定番ススキと武甲山」


「落ち葉の絨毯も」


「10月桜という桜も咲いていた。少し淋しかったが」

「ミューズパーク 時の利地の利で 満喫し」
というところでした。

     < 2016年 秋 >    

奈良に住む友人と二人で国宝の
大日如来像を見た。
大日如来は
運慶初期作で改めて見てみたいと思っていた。
腰痛を押して奈良の柳生街道にある「圓成寺」に行った。

平日ということもあったのだろうが受付の女性が詳しい説明をしてくれ、
大日如来像の国宝に至った数奇な来歴などが聞け、
興味深く諸像を見て回ることができた。


柳生の里近くで奈良市街からは遠く交通の足場が良くない。
先に来ていた巡礼の人達が出ていき、我々二人だけになった。

本堂には本尊の阿弥陀如来像や四天王像などが安置されている。
自分で障子戸を開けて入りゆっくりとした時間を過ごした。

誰にも邪魔されずにユックリと見ることが出来た。
国宝をこんなに静かに鑑賞できた希有の経験をした。

 


大日如来は別棟の多宝塔に安置されている。
正面の
ガラス越しに見るが外光が反射するので反射除けが置いてある。
厚紙製の
遮光枠をガラスに押し当てて見ると良く見える。


柳生の里まで行き「一刀石」まで山道を登った。
柳生宗巌石舟斉が修行中に天狗を斬りつけるとこの割れた巨岩が残っていたという。
石舟斉も最後に太刀筋が少し右に曲がったようだ(笑い)
このすぐ下の天之立石神社には天之岩戸の扉が飛んできたという巨石が御神体だそうだ。
これも面白い!!



京都の伏見稲荷には以前泊まった事もあるが、千本鳥居は登った事がなかったので行ってみた。
しかし腰痛の方が限界で最初の一本目の鳥居をくぐって千本は止めておいた。

「二人だけ 運慶に会う 圓成寺」
というところでしょうか。

   < 2016年 初秋 >    

あらあらあら!!早まった痛恨事

15年くらい前になるだろうか,この柿は美味しかった!とその種を裏に埋めた。
すると芽が出て小さな苗木になり年々幹も太く育ってきた。
でも柿の実は一向にならなかった。
隣の敷地にも枝葉が出っ張るのでとうとう切ることにした。
取り敢えず大きい枝を切り落としてゴミに出すためまとめていた。
するとアレアレアレ!!!

何と切った枝の中にこんな大きなまだ青い実が一個だけ付いていたではないか!!
もう少し待っていれば黄色く色づき気が付いていたのかも知れないのに。
kaki

「桃栗三年柿八年 我が家のカキは15年 だった」
というところでしょうか。
 
     < 2016年 初夏 >    

7月11日の月曜日に行田の「古代蓮の里」に行った。
朝に思い立って出掛けたので出遅れ、9時半頃に到着した。
早朝に咲いた花がもう閉じてしまっているのではと心配したが
蓮の花はまだ沢山キレイに開いていた。

良く晴れた空に向かってスックと咲く
早朝の花が咲くときに「ポン」という音はしない!
花は咲き始めて4日目に花びらを落とすそうだ。

平日なので人出はそれ程多くはなかったが、
休日は雑踏になるのだろう


yuri1

yuri2

行田タワー
高50mの展望台に登った。
周りに何も無い関東平野の真ん中みたいな所なので
360度の展望ができた。

田圃絵
上から有名な「田んぼアート」が見られた。
実りの秋だけの催しなのかと思っていたが、
田植えをした後ズットのイベントらしい。
今年は「ドラゴンクエスト」がテーマなそうな。
中々見事なアートだった。

 
すぐ近くの埼玉古墳群にも行き
武蔵国最大とされる長さ138mの二子山古墳も見た。
蓮の花を見てきた後なので
インドのストゥーパの遺跡に見えた。

「蓮を見て インドの遺跡を 思い出す」
というところでしょうか。

     < 2016年 晩春 >    

4月23日に谷川の天神平に行った。
この歳になると直ぐに10年、20年、30年前の話となってしまう。
20年振り以上にはなるのだろう。

5月の連休も滑れます!が売りの天神平スキー場が
今年は4月9日に閉鎖されたそうだ。
この冬の雪の少なさを示している。

tanigawa1
お陰で22人乗りの新型ゴンドラに一人貸し切り状態だった。

tanigawa2
天神峠リフトの頂上の池にミズバショウが咲いていた
此処に咲くことを知らなかった。



土合駅の階段も見に行った。
ステーションビバークの良い場所を取るために、
列車を降りるとこの階段を重いザックで走って登ったナァー


 

「この階段 今は上から 覗くだけ」
というところでしょうか。
      < 2016年 春 2 >    

今年も所沢の金泉寺にしだれ桜を見に行った。
四月八日でお釈迦さんの誕生日、
「灌仏会」花祭の日だった


子供の頃は甘茶が飲めるので
毎年お寺に行ったものだ。
甘茶はあまり美味しい物ではなかったのだが
花びらが降り掛かるなか
数十年振りにお釈迦さんに甘茶をかけた。
金泉寺は早稲田大学キャンパスを見下ろす場所にある花の寺だ

hanamatu1

hanamatu2

「その甘茶 おいしいですか お釈迦さん」
というところでしょうか。
      < 2016年 春 1 >    

2月下旬、朝起きると。雪が薄く積もっていた。
ドウダンツツジに雪の花?

枝の先に出てきた小さな芽に雪がのっていた
気が付いたのが遅かったので
既に溶けかかりイマイチの雪模様だが
冬も葉の残る隣のヒイラギにはこのぐらいの雪が残る

akasi



「目が覚めて 芽に雪が載る ドウダンの枝」
というところでしょうか。

旧2015年以前の駄写真へ

Top