◇3、 土産物の事情

私は元々それほど旅で土産物を買う方ではない
旅行の最終日に空港の売店でチョコレートを必要な数買い込んで済ます。
日本人はどうしてそんなにチョコを買うのだ?と売店で笑われたことがあった。
私もそれはミステリーだと思う、と答えたと思う(笑い)

この旅では結構面白い土産話があった

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◇木彫りの釈迦苦行像
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ブッダ・ガヤを出発の間際に、木彫仏像の小さな専門店を覗いた。
沢山の木彫仏像の中に釈迦苦行像が並んでいた.

パキスタンのラホール博物館の有名な「釈迦苦行像」の木彫ミニュチュアだ。
稚拙な造りだが日本では見かけた事がないモチーフなので食指が動いた。

しかし旅は始まったばかりなので道中の邪魔にもなる。
でも旅の終着のデリーで買うと、ここより大分高いだろうなと考えた。

そこで店員に値段を聞くと100US$だと言う。こちらが70$と言うと、あっさりOKと言う。
私は“しまった”と思ったがバスの出発が迫っていて時間がない。
高さ15センチ足らずのその像を、そのまま出来具合も選ばないで新聞紙に包んでもらった。

値段交渉は完全に失敗だった!!
こちらが30$と言って、50$ぐらいが落としどころだったろう。
私としては、普段の旅ではない破格に高額(笑い)の買い物をした。

釈迦苦行像は新聞紙と着替えにくるまれて、無事に北インドの旅をして、

今は我が家の本棚に鎮座している。


◎この旅一番の失敗した買い物だった

「釈迦苦行像」

こちらが本物です。迫力の違いを感じて下さい!!

パキスタン国宝の第一で門外不出とされる
ガンダーラ仏の至宝!!!

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◇インド菩提樹の葉
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ブッダ・ガヤの土産物売りからインド菩提樹の葉の土産(写真右)を買った。
菩提樹の葉の葉脈だけを残したスケルトン(透かし)の葉で、10数枚で30ルピーと安い。
しかも軽くて数量がある。
日本に帰って“これがインドの菩提樹の葉だ”と自慢も出来る(笑い)。

しかし祇園精舎の庭で拾った菩提樹の葉(写真左)と比べると、
見ての通り実際には立派で長い葉柄が無いのだ。
売るのには邪魔なので土産品は葉柄を切ったのだろう、
実際の菩提樹の葉とは貫禄が違うことが一目瞭然だ。
その上、帰国してから土産品を調べると8割がたの葉には虫食いがあった。

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◇祇園精舎の金箔
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仏陀の肌は金色に輝くと仏伝にある。
そのためビルマ(ミャンマー)、スリランカ、タイ、などの多くの仏教徒は仏像に金箔を寄進して張り付ける。

その寄進する金箔を、祇園精舎で読経をするビルマ僧か?(写真中央の僧)が売っていた。
土産品ではない。約3センチ四方で一枚1ドルの金箔を買ってみた。

勿論、私は仏像に寄進したわけではない。
面白半分で土産物に、と罰当たりな考えで買ったのだ。

我々日本人は金ピカの仏像に違和感を感じると思う。
だが逆にアジアの仏教徒が日本の古色を帯びた仏像を見て
”何で日本ではあんなに汚くしたままにしておくのだ”と言うそうだ。

◇金箔を貼られた遺跡や祈堂の仏像


◇パスケースの金箔片
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金箔はパスケースに挟んで持ち帰った。日本に着く頃にはバラバラになって一部が残る。

◎この旅で少し面白い(罰当たりメ!!)買い物だった。

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◇薬草売りと        土産品の全インド地図

ラージギルの轍遺跡の傍らに薬草類などを売っていた。
若者がそれを一つ一つ説明してくれた。何に使うかは忘れたが、たしか山嵐の針も有ったと思う。

地図が欲しいと思っていたので、説明をしてくれた彼が売っていたインド地図を買うことにした。
値段は100ルピーだが手持ちの小銭が50ルピーしかない。
別に値切る積もりでは無かったのだが、これしかしか持って無いと見せると彼は困っている。
そして周りの数人の仲間に相談している。彼等はその50ルピーでも売ってしまえと口々に言っているようだ。

結局 OKと彼から渡された地図を受け取って、出発を待つバスに走った。

出発するバスから彼を見ると、浮かない顔をしているように思えた。
彼があの地図の仕入れた値段はいくらだったのだろうか?

◎この旅で少し気の毒なことをした買い物だ

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◇タジマハールの撮影ポイント案内人
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タジマハールで写真を撮っていると「ここから撮れ」と男が寄ってきて,
次々に此処だと撮影ポイントを案内をしだした。

ポイントを自分で探して歩くのでは時間が掛かるし、良い場所を逃がしてしまうこともあるだろう。
彼に従って小走りに撮影をして歩いた。
定番のタジマハルの先を摘むアングルも彼がシャッターを切ってくれる。

白亜の建物の入口の所まで来て、ここで終わりだと言い1000ルピーの案内料を要求する。
私が500ルピーと言うとあっさりとOKだ。でも財布に300ルピーしか入っていなかった。
途中から一緒に歩いたOさんとHさんにも100ルピーづつを出してもらう。

私は彼の撮影ポイント案内の仕事にその価値が有ると思った。
だから要求の金額には何の違和感も感じることがなかった。
無形のインド土産となった。

◎この旅で納得した支払いだった

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◇デリーの高級土産店

写真を撮っても良いか?と聞くとインド式に首を横に振りOK

インドの旅も後半になってお土産は何が良いか?、とAさんに聞いてみた。
すると町のお店で売っているビニール袋に入ったカレー・スパイスのマサラが良いと言う。
安いし日本に持って帰ると皆に喜ばれるという。
そばからHさんも「そうヨ、そうヨ」と薦める。一袋30ルピー(約60円)程度だそうだ。
私はインド土産のメインをそのマサラにしようと決めた。
元々大したお金は持ってきているわけではないが、
最後に残った持ち金全部でマサラを買って帰ろうと思った。

 旅の最終日のコースは、当初アグラのタージマハールを見学して、
マトゥーラ経由でデリーに戻る約200キロのコースだった。
マトゥーラはガンダーラ(現在のパキスタン内)とともに仏像発祥の地の一つとされる。
そのマトゥーラ仏を展示する博物館を見学した。

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マトゥーラ博物館の仏立像

上記の「釈迦苦行像」がガンダーラ様式でこちらがマトゥーラ様式だ。
同じ仏像でも顔の表情や雰囲気が大分違います。
BC4世紀頃に釈迦が涅槃(釈迦の死)に達した後、釈迦の姿を表す仏像は永く造られなかった。
当時の仏教徒達は釈迦の姿を造るなどは、畏れ多いと思ったのだろう。

それがAC1〜2世紀頃になり仏像が造られ始めた。
しかも同時期にガンダーラとマトゥーラの2カ所でだった。
ではどちらが一番先だったのか?現在も学説的に決着がついていない。

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 さてその日はデモ行われていて帰路途中の橋が通行止めになったとのことだ。
急遽マトゥーラからアグラまで引き返してデリーに向かうことになった。

帰りの飛行機の出発は真夜中の25時発なので時間の余裕はあるが、
予定よりデリーの到着時間が遅くなるという。
戻ったアグラからは1年半前に完成したという真新しい高速道路を快適に走たので、
思ったより早くデリーに到着した。それでも19時を過ぎていた。

デリーが近づくとAさんが添乗員さんに、デリーで買い物をしたい。
必ず町中の市場に寄って下さいと伝えていた。
ガイド氏は大丈夫だと言っているとのことだ。

しかしデリー市内に入りバスが着いた所はいわゆる外国人観光客向けの高級土産物店だった。
ガイド氏は今日は日曜なのでここでしか買い物ができる所は無いという。
俄然、皆が不満顔になった。
”私達はこんな所に来たくはない!”と土産品には見向きもしない感じだ。

問題のマサラも店の奥の棚に少し積んであった。値段は200ルピーという。
“400円もすれば日本でも買える”といいながら、100ルピーに負けろと交渉に入っている。
でも店員は全く負けない。
Hさんだけが頼まれているので仕方ない、と数箱を買っただけだ。
勿論私も買わないし、他の人たちも適当に土産品を冷やかして店を出た


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マサラ記    ← この後のマサラをゲットした話はこちらで

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